「時評」

静岡新聞に時々掲載されている私の「時評」です。

2026年1月30日 (金)

中部電力 浜岡原発のデータ不正 揺らぐ原子力安全の根幹

                                          -2026/1/28 静岡新聞「時評」掲載-

 

 東京電力の福島第1原発は、2011年の東日本大震災で約15㍍の大津波が襲来し、メルトダウンの過酷事故を起こした。大量の放射性物質が放出され、広域に重大な被害が発生した。こうした事故がなぜ起きたのか。

 

 東北地方を869年に襲った貞観地震クラスの津波の再来を視野に政府が示していた想定地震をもとに、東京電力は2008年に福島第1原発付近の津波高の試算を行っていた。このとき試算された津波高は15.7㍍でありながら、根拠に乏しいとして無視した結果である。

 

 事故から14年が経過した現在も、復興どころか、環境に残留する放射性物質の影響により、住民の帰還も困難な地域が残っている。原子力施設がいったん事故を起こせばその影響は住民の安全だけでなく、地域の消滅にまでつながる重大さを改めて認識しておく必要がある。

 

 こうした中、中部電力が2615日に行った発表に憤りを覚える。浜岡原発の安全確保のため、新規制基準適合性審査を行う際に用いる、中部電力が作成した基準地震動のデータに不正があったとのことである。基準地震動の捏造(ねつぞう)は耐震設計の根幹を揺るがす重大な問題であり、今回の事態には大きく二つの課題があると考える。

 

 一つは、中部電力の行為そのものの問題である。第三者委員会を設置するとのことであり、どのような経緯でこうした事態が起きたのか、事実を明らかにし、確実な再発防止策を打ち出して、根本から体制を見直すことが求められる。

 

 もう一つは、原子力施設の審査のやり方そのものに関わる問題である。現在の審査方法は、一定の指針の下で中部電力など事業者が作成するさまざまなデータに基づき、国の原子力規制委員会が審査を行う。提出されるデータも膨大であり、恣意(しい)的な不正はないという前提で審査が進められる。

 

 もしそこに捏造などの不正が隠れていると、内部から指摘がない限り発見することは困難であろう。ある意味、性善説を基にした審査体制の盲点を突く不正が起きるなら、審査のあり方そのものから議論する必要が出てくる。

 

 今回の件は、こうした二つの大きな課題を持っていて、原子力施設の安全対策の根幹を危うくする事態である。中部電力はもとより、政府も徹底的な原因究明と改善策を打ち出す必要がある。

 

2025年10月16日 (木)

牧之原竜巻 自衛隊派遣要請の混乱 危機管理の三原則 徹底を

                                            -2025/10/15 静岡新聞「時評」掲載-

 

 9月5日に牧之原市を襲った竜巻は、風速毎秒75メートルと推定され、国内の観測史上最大級であった。現場へ行くと、竜巻が通過した一帯は、建物の窓ガラスや屋根が吹き飛び、ガラス片や瓦などが至る所に突き刺さっている。木々や電柱がなぎ倒され、数十メートル先まで飛ばされた車もあり、竜巻に巻き込まれて亡くなった方もいる。

 

 竜巻の通過が金曜日の午後0時50分ごろであり、被害状況はその日の夕刻にはかなり詳細に報道されていた。翌日には、電力の復旧作業も始まり、親戚や知人の手を借り片付けを始めた家もあるが、あまりの惨状に何から手を付けて良いかぼうぜんとする方も多くいた。

  

 こうした中、自治体から県に自衛隊の災害派遣の要請がありながら、状況の共有が十分でなく結局は派遣に至らなかった。災害派遣の3要件である「公共性」「緊急性」「非代替性」のうち、非代替性に欠けるとの理由であった。一方で、困っているお宅の片付けに駆けつけた災害ボランティアの方々が、本来は行政が責任をもって行うべき道路に出されたがれきの搬送にも駆り出されたという。

 

 猛暑の中で一日の作業を終えても停電でお風呂に入れない被災者が多く、入浴支援も切望されていた。

 

 米国のFEMA(連邦緊急事態管理庁)の大規模災害時にトップの執るべき行動原理として、プロアクティブ(前もって行動する)の三つの原則がある。疑わしき時は行動せよ。最悪事態を想定して行動せよ。空振りは許されるが見逃しは許されない。

 

  「疑わしき時は行動せよ」とは、状況が刻々と進む中、対応を躊躇(ちゅうちょ)して立ち止まらず、常に一歩前へ対応を進めることである。そのためには、職員はもとより関係者との情報共有と発信は欠かせない。「最悪事態を想定して行動せよ」とは、そのために想像たくましく「大局的視点」での対応が求められる。そして、災害対応に必ずしも正解は無いかもしれない。常に最適解を目指し、「空振りは許されるが見逃しは許されない」を肝に銘じて対応に当たることである。

 

 こうした原則は、日本でも危機管理に携わるトップの心構えとしてこれまでも徹底してきたはずである。関係者には、 今回の混乱を改めて原点に立ち返り検証し、今後はしっかり対処することを望みたい。

2025年8月 5日 (火)

地球温暖化の影響深刻化 中長期見据え 政策議論を

                                                                                                          -2025/7/30 静岡新聞「時評」掲載-

 

 3月に文部科学省と気象庁が発表した「日本の気候変動2025」で、日本の平均気温(都市化の影響が比較的小さい15地点)は最近の100年間で1.4度上昇との報告があった。5年前に報告された1.28度上昇に比べてさらに急激な上昇である。世界の100年当たりの平均気温の上昇0.77度に比べてもはるかに急である。

 

 地球温暖化の進行による影響は、日本列島でもさまざまな方面で深刻に表れている。例えば、35度以上を記録する猛暑日が100年前に比べ2.6倍に増えている。2021年度から運用が始まった熱中症警戒アラートは夏も涼しかった北海道にも出るようになった。私たちの生活だけでなく農業への影響も出始めている。

 

 日本近海の海水温の上昇も顕著で、100年あたり1.33度の上昇を観測している。黒潮など海流の影響はあるものの、世界平均の2倍以上の上昇率である。東北から北海道の太平洋沿岸や日本海の海水温上昇が特に顕著で、沿岸漁業への影響が懸念される。

 

 雨の降り方にも変化が見られる。1年間を通じての総降水量は過去130年を通じてそれほど大きな変化はないにもかかわらず、1時間の降水量80㍉以上や1日の降水量300㍉以上といった極端な大雨を観測した日の発生頻度は、1980年頃と比較して最近の10年間は2倍程度に増加した。このため、近年は毎年のように記録的な大雨が観測され水害対策の見直しが迫られている。

 

 身近なところでは、天竜川水系の河川整備計画が20247月に改定された。地球温暖化を踏まえ、平均気温が2度上昇することを前提に、降水量の増加によるピーク時の河川流量が見直された。基準の一つである浜松市天竜区の鹿島観測点付近では、従来の毎秒1万5000㌧から1万6400㌧へと、1400㌧の増加が見込まれた。流域住民の安全を図るためには、河川堤防やダムなどによる洪水調整能力のさらなる向上が必要となる。

 

 これは一つの事例であるが、国民の安全はもとより国土や産業構造を揺るがしかねない地球規模での気候変動に日本列島は直面している。こうした中長期を見据えた政策を考え「良識の府」とも呼ばれる参議院がしっかり議論すべきである。しかし、今回の参院選で各政党が呼びかける政策の中で、気候変動対策が前面に打ち出されていないことに大変な危機感を感じる。

2025年5月12日 (月)

南海トラフ地震 新被害想定 土砂災害への対策を怠るな

                                                                                                                -2025/5/6 静岡新聞「時評」掲載-

 

 国の中央防災会議は3月末に南海トラフ巨大地震の新たな被害想定を発表した。犠牲者数の最大は約298000人で、13年前に想定した332000人から若干減少したが、東海地域から近畿、四国、九州までの広範囲が激しい揺れに見舞われ、沿岸部に地震直後から大津波が襲来する激甚な災害であるのは変わらない。長周期地震動による被害や高齢化で増加する要支援者、過酷な避難生活に伴う災害関連死の増加など新たな課題も示され、対策の見直しが求められる。

 

 津波に関しては地形データの見直しで予測精度を上げ、犠牲者は最大約215000人と全体の72%を占める。一方、土砂災害に関しては、そもそも人口の少ない地域が多く、危険個所の分布から被害を確率的に求めただけのため、犠牲者は約600人と意外に少ない。

 

 しかし、過去の地震災害では揺れの激しい地域の土砂災害は深刻であった。1854年安政東海地震では、安倍川流域の災害を記録した古絵図には大小合わせて100カ所の崩壊地が描かれている。富士川をせき止めた白鳥山の大崩落も有名である。安倍川上流には1707年宝永地震で大崩壊し、甚大な被害を及ぼした「大谷崩れ」の巨大な崩落崖が残っている。

 

 近年も、1923年関東大地震の根府川では大規模な土砂崩れにより64戸が流され406人が犠牲になった。1930年北伊豆地震では狩野川流域で奥野山の崩壊など多くの土砂災害が発生した。1974年伊豆半島沖地震の南伊豆町中木地区の土砂崩れでは27人が亡くなり、1978年伊豆大島近海地震では240カ所の土砂崩れが発生し25人の命が奪われた。1984年長野県西部地震では御嶽山の大規模な山体崩壊などで29人が犠牲になっている。

 

 昨年11日の能登半島地震も土砂崩れの被害は深刻で、直接の犠牲者だけでなく、山間地の道路網が寸断され長期間の孤立につながった。自動車専用道として整備した能登半島を縦断する能越自動車道なども斜面崩壊などで地震後しばらくは通行止めが続いた。

 

 地震時の土砂災害は避難するいとまのないことが多く、事前の防災対策が必須である。幹線自動車道も、急峻な地形を切り開いて造れば土砂災害のリスクを同時に抱える。津波と同様に、土砂災害は極めて重要な課題であることを改めて認識すべきであり、対策への努力を怠ってはならない。

2025年2月13日 (木)

市民向けの救命講習 全高校・大学生に受講を

                                              -2025/2/12 静岡新聞「時評」掲載-

 

 社会で活動していると、事故や災害で心肺停止に陥った方に遭遇することがある。そんな時、あなたは慌てずに症状を確認し、応急手当てや心肺蘇生、AED(自動体外式除細動器)などの措置ができますか。

 

 総務省消防庁の統計(2024年版「救急・救助の現況」)によると、2023年中に一般市民が心肺停止の人に遭遇した事例は2万8354人で、その場に居合わせた人が心肺蘇生を行ったのは1万6927人(59.7%)だった。うち1ヵ月後の生存者は2511人、生存率は14.8%であり、心肺蘇生をしなかった場合の7.3%に比べ約2倍の生存率である。さらに、AEDで措置した事例は1407人で、うち1ヵ月後の生存者は763人、生存率は54.2%でAEDの効果は非常に大きい。

 

 しかし、何も知識や訓練がなく心肺蘇生やAEDの活用を行うことは困難で、一定の救命講習を受けておくことが必要である。全国の消防本部などが行う普通救命講習(AEDの使用や心肺蘇生法など180分の講習)の受講者数は、2023年は84万人で、1565歳の人口7395万人のうち1.1%に過ぎない。

 

 子どもの頃から救命措置の重要性を理解させるため、2014年の文部科学省の指導もあり、小中学校においても心肺蘇生など応急手当ての講習が行われるようになってきた。静岡市消防本部に聞いたところ、小学校5年生用には救命体験コース、中学生向けには救命入門コースを用意し、市内全ての小中学校で講習が行われているという。高校生向けにも救命講習が用意されているが、市内全校での実施には至っていない。

 

 同省によると、全国で応急手当ての実習を行っている高校は74%という。さらに、大学の教職課程で学ぶ学生が将来教職に就いた際、いざという時に躊躇せず対応できるよう、応急手当ての実習を行うよう求めている。

 

 高校生や大学生はこれから社会に出て、応急手当てを自ら行う場面に居合わせる可能性が高くなる。こうした世代への講習は重要で、高校や大学の保健体育のカリキュラムに少なくとも普通救命講習を組み入れられないだろうか。

 

 心肺停止の人に遭遇し、ためらわず心肺蘇生を行うためには、繰り返し受講しておく必要がある。そうした機会として小中学校から高校、大学、さらには社会人の新任研修などで定期的に受講できる仕組みを社会に定着させるべきと考える。

News Letter 第 100 号を迎えて  SNS 普及で災害情報の相互信頼がより重要に

                                    日本災害情報学会 News Letter,No.100,p1,2025.1に掲載-

 

 30年前に発生した阪神・淡路大震災を契機に全国的に防災体制が再検討され、災害情報の研究分野においても研究者や実務者の様々な議論が進められた。こうした中、災害を未然に防ぎ、命を救い被害を減らすとの思いで 19994月に本学会が設立した。当初の会員数約300人が、現在は約1000人の規模に成長した。

 

 設立趣意書には、「実効性と可能性に満ちた災害情報について真摯に研究を行い、その深化・体系化により災害情報学を確立するとともに、研究成果を国民へ還元することを目的とする」と記されている。災害情報学がフィールドとする分野は、防災及び減災のため必要な情報について、内容・送り手・受け手・伝達方法・情報システム、さらに平時から緊急時、復旧・復興期のソフト・ハードに至る対応、そして行政や報道機関、事業所・NPO・個人まで全てを包含した社会全体である。

 

 一方で、阪神・淡路大震災が発生した1995年頃を境に、災害情報を巡る環境には急速な技術革新が起きた。インターネットの普及と通信網の高速化を背景に、YouTubeTwitter(現“X”)、FacebookInstagramLINETikTokなどSNSによる情報発信は驚異的である。こうした誰もが活用できる情報システムの普及により、情報の送り手と受け手という従来の固定的な関係は様変わりした。当然、災害情報も双方向性へと新たな局面に大きく進化している。しかし、命を救い被害を減らすための災害情報の本質として「直感的に分かり易い情報」であること、情報の発信と受け手の「相互の信頼が必要」という視点は変わらない。相互の信頼には平時からの適切な情報発信とコミュニケーションが重要となる。

 

 地域社会では人口減少や高齢化、社会インフラの高経年化、さらに地球温暖化などから自然災害の激甚さが一層増す中、こうした相互の信頼を構築するためにも、私たち日本災害情報学会の活動が果たす役割は増々重要性を帯びてきている。災害情報の本質を見失わないためにも、毎年開催している学会大会や勉強会、シンポジウムなどと共に、最新の情報提供を行ってきたこのNews Letterの果たす役割は大きく、今後とも会員相互の活発なコミュニケーションが図られることを期待する。

2024年11月 6日 (水)

南トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)の発表で考えさせられたこと

                                   -日本災害情報学会 News Letter,No.99,p1,2024.10に掲載-

 

 8月8日の日向灘で発生した地震速報を運転中のラジオで聞き、まず正月の能登半島地震のような大被害にならなければ良いのだがという思いが胸をよぎった。震源の深さが30kmと聞き少し安堵したのだが、次の心配は南海トラフ地震への連鎖である。気象庁の速報でM7.1とのことから検討が始まり、間もなく南トラフ地震臨時情報「巨大地震注意」が発表された。

 

 その時、ハタと思考停止したのは、新幹線を始め鉄道各社はどう対応するのか、高速道路は? 銀行の窓口は? 買いだめにスーパーやコンビニに行列ができるのではなど、お盆前で人々が大きく動こうとしている時期と重なり色々な心配事がよぎるのだが、各事業者の対応計画がはっきりしない。

 

 気象警報や地震情報など様々な災害情報を受け止める国民に向けて、的確に行動するためには普段からの情報リテラシーが重要であるとの言葉を専門家から聞くことがよくある。しかし、今回の臨時情報の発表をもって政府は国民に何を促がそうとしたのかがよく分からなくなってしまった。政府のコメントを要約すると「身の回りの防災点検を行い、普段どおりに行動してください」であるのだが、果たして、私たちの生活に密接な鉄道や高速道路など交通機関やライフライン、身近なところではスーパーやコンビニがどんな対応をするのかなどがほとんど知らされていない。津波や土砂災害のリスクが高く突発地震では助からないかもしれない地区に住んでいると、やはり不安から避難したほうが良いのか迷ってしまうのが普通であろう。それでも普段どおりの生活を続けるべきなのか。こうした一人一人の不安に対して答えがないまま、結局何も変わらない普段通りの日常が続いていったのが今回の経過ではないかと想像している。

 

 基本的には我々を取り巻く地域社会がどのように対応するのかを、対応の限界も含めてしっかり示すことで初めて、一人一人の適切な行動判断が生まれるのではないだろうか。これは今回の臨時情報に限ったことではなく、災害が切迫する中であっても、様々な事態への対応やその限界を明らかにし、リスクを肌で感じることができて初めて、種々発せられる災害情報に応じた一人一人の的確な判断が生まれるのではと考える。

激甚災害が多発する日本 援護調整へ防災省設置を

                                             -2024/11/6 静岡新聞「時評」掲載-

 

 2011年の東日本大震災では、全国から消防や警察、自衛隊などの救援部隊が駆けつけても、被災した自治体の災害対策本部で活動の調整ができずに大混乱が続いた。岩手県大槌町のように、町長をはじめ多くの職員が犠牲になった自治体ではなおさらである。市町村を補完する都道府県の役割は大きいが、1995年の阪神・淡路大震災では、兵庫県の災害対策本部も職員の参集がままならず、情報収集や自衛隊などへの救援要請が大幅に遅れた。

 

 今年の元日の能登半島地震でも、自治体職員の被災や不慣れもあり、全国から応援職員が入っても災害対策本部の混乱が続いた。本部が混乱し関係機関との調整ができないと、被災者の救助や支援が大きく遅れることとなる。

 

 その背景には、市町村や都道府県の職員数の著しい減少がある。1994年ごろの328万人をピークに減少が続き、2023年は280万人と、48万人(15)も減っている。その大半は一般行政職であり、業務の効率化や外部委託により職員を減らしてきたが、大災害などで業務が急増した時には対応しきれない。全国の自治体が協力し、災害時に被災自治体へ職員を派遣する体制も構築されてきたが、被災地での司令塔にはなり得ない。

 

 近年は地球温暖化の影響もあり、洪水災害は激甚化している。さらに、懸念される南海トラフ巨大地震や首都直下地震の被害は甚大で、国難となる大災害が見込まれる。こうした事態に備え、国として防災機能の強化は必然であるが、現在の政府には防災専任の省庁は存在せず、内閣府の防災担当が担っているに過ぎない。職員数も約150人と少なく、各省庁からの出向者のため23年で異動し、業務経験の蓄積には至らない。

 

 政府の防災業務には、被害軽減のためにハード・ソフト両面からさまざまな予防対策を行い、災害発生時には各省庁を束ねて救援活動を調整する司令塔となることが求められる。被災した自治体を一刻も早く支援し、被災者の救援につなげることが必要である。このためには常設の組織は不可欠であり、ノウハウを蓄積した専任の職員が平時から各自治体や関係機関と連携を取っておくことが重要となる。

 

 政府として、平時から災害時まで一貫して防災の司令塔となる防災省を設置することは、自然災害の多い日本では必須ではないだろうか。

2024年9月26日 (木)

高齢化と人口減少を見据え 防災体制の再構築を

                                                                                                   静岡県立大学グローバル地域センター客員教授

                                                                                                   静岡大学防災総合センター特任教授 岩田孝仁

 

 今、日本社会では少子・高齢化と併せ急速な人口減少が進んでいる。先日(2024724日)、総務省が発表した住民基本台帳に基づく人口動態調査によると、今年11日時点での外国人を含む総人口は124485千人(内外国人は3323千人)で、昨年に比べ53万人が減少し(0.42%減)、外国人を除く日本人住民だけでみると86万人の減少(0.70%減)である。都道府県別にみると増加したのは東京都(0.51%の増)と沖縄県(0.01%の微増)のみで、減少率の最も高い秋田県は1.74%減、青森県が1.63%減、人口規模が全国10位の静岡県(人口3606千人)でも0.75%減と減少は大きい。一方で、全国の65歳以上の高齢者の割合は昨年の28.62%に対し28.77%と、0.15ポイントの増で、増加は続いている。

 

 大地震や水害などで、建物やライフラインなど社会・経済活動の基盤となる多くのインフラが破壊され、さらに多数の犠牲者が出てしまうと、地域の経済やコミュニティ活動も滞り、地域社会を元通りに立ち直るためには大変な困難が立ちはだかる。今年の元日に発生した能登半島地震が襲った石川県の奥能登地域は、少子・高齢化の進行と併せ人口減少が進む中山間地域を抱える地方の自治体の典型的な姿であり、こうした地方の町や集落を今回の震災が襲った。

 

 発災直後から全国の消防、警察、自衛隊が被災地に駆けつけ救出・救助活動が続けられ、被災自治体を支援するため国や全国の自治体職員、さらに、多くの災害ボランティアが現地で活動を続けている。しかし、発生から8か月が過ぎても倒壊した家屋などのがれきが残されたままの地域がまだ多くあり、住宅が確保できないことや上下水道が復旧しないため、未だに避難生活を余儀なくされている住民も多い。

 

 石川県の報告(2024826日現在)によると、今回の地震で住宅の全壊5,913棟、半壊16,245棟の被害が発生し、震災から半年がたっても公費解体を希望する27,319棟に対し解体完了は3,014棟、解体着手は9,315棟と、合わせても12,329棟(45.1%)である。応急仮設住宅の完成が5,644戸、着工が6,745戸であり、市町や県の設置した避難所での生活者が736人との事である。こうした実態を見ても、復旧に向けての障壁が未だに多く残されていることが伺われる。

 

 能登半島地震の被災地から見えてくる今後の防災上の課題とともに、どのような対応が求められるかを列記してみる。

 

 課題1 建物の既存不適格が許されている現状(耐震性が不足する建築物などの改修が進まない大きな原因でもあり、現在の耐震基準に適合しない既存不適格建物の改修の義務化も視野に検討が必要)

 

 課題2 防災上も看過できない空き家問題(所有者が不在で耐震化も望めなく劣化が急速に進行するため、撤去を促すためには小規模な街区にも面的な区画整理事業の導入も視野に検討が必要)

 

 課題3 中山間地域の孤立をいかに避けるか(人口減少に伴い道路網が脆弱なまま取り残されている中山間地の集落では強靭な通信網やヘリポートの確保が急務)

 

 課題4 避難者などの情報を一元的に集約する仕組みづくり(様々な支援が被災者一人一人に漏れなく行き渡るためには必須で、DXを活用したシステム化が求められる)

 

 課題5 災害関連死をどう防ぐか(災害救助法の救助業務に福祉業務を明確に位置付け体制の確保が重要)

 

 

 以下には、こうした課題の解決には法令改正も必要と考える「建物の耐震化」と「災害関連死」について述べておく。

 

 ひとつ目は、新しい耐震基準に適合しない既存不適格建物の改修の義務化である。

 

 全国の平均では木造住宅の耐震化率が87%(2018年現在)とのことであるが、能登半島地震の被災地の奥能登地域では耐震化率50%前後の自治体が多い。45年前から東海地震対策を進めてきた静岡県でも、耐震化率60%前後の自治体は決して例外ではない。経済活動の活発な大都市域は建て替えや新築需要も多く、結果的に耐震化率は高くなる。一方、地方の小規模な集落では建て替え需要は少なく、耐震補強工事に対し自治体が補助制度を用意しても補強工事はなかなか進まない。不特定多数が利用する商業施設なども含め、建て替えや補強工事の判断を所有者の決断だけに委ねていては進まないことも多く、各自治体も苦労している。

 

 日本の法体系では、新たに制定された法律や条例の基準を過去にさかのぼって適用することはほぼ無い。いわゆる「法令の不遡及」が原則である。そこに一石を投じたのが消防法である。消火設備の不備などからデパートや旅館で多くの犠牲者を出す火災が1970年前後に相次いだ。人命に大きく影響することから、1974年の法改正で既存施設にも新基準を適用し、スプリンクラーなどの消火設備の設置や定期的な検査が義務付けられた。いわゆる「法令の遡及適用」である。

 

 建物の倒壊が命に直結することを考えると、消防法と同様に建築基準法に関しても法令の遡及適用の考えを取り込み、新しい耐震基準に適合しない既存不適格建物の改修に関しては一定の猶予期間を設けての義務化も視野に、諸制度の見直しを行う時期に来ているのではないかと考える。

 

 

 ふたつ目は、災害関連死を少しでも防ぐため災害救助法を改正し、災害時にも福祉サービスが途絶えることのないよう福祉業務を災害救助法の救助業務として明確に位置付け、必要な要員や体制の確保を図ることである。

 

 近年の災害では、高齢者や障がい者など要支援者の避難が間に合わず犠牲となる事態がしばしば起きる。20187月の西日本豪雨では岡山県倉敷市真備町で発生した洪水による犠牲者51人のうち42人が高齢者など要支援者であった。また、避難生活の困難さから犠牲になるケースも目立ち、2016年の熊本地震では直接の犠牲者50人に対し災害後に犠牲となった災害関連死は220人以上に及んだ。能登半島地震でも災害関連死が既に110人を超えている。多くは高齢者などで、避難生活中に持病の悪化などから犠牲になった方が多いと聞く。

 

 災害時に自治体が救出や救助活動、避難生活支援などを実施する法的根拠となる災害救助法には具体的な活動の種類が列記されている。意外に思われるかもしれないが、列記されている救助の種類には避難所や応急仮設住宅の供与、炊き出し、医療や助産、被災者の救出、住宅の応急修理などはあるものの、福祉の項目が欠如している。災害救助法が制定された77年前の1947年当時とは異なり高齢化がかなり進んだ現在は、障がい者だけでなく高齢者への介護など様々な福祉業務が社会保障制度として整備されてきた。しかし、災害救助法には福祉業務がいまだに位置付けられていない。

 

 現に災害が発生すると、普段から福祉業務で要支援者をサポートしている社会福祉協議会や地域の包括支援センターが協力し、個別の支援調整を行うケアマネジャーや民生・児童委員、保健師・看護師、さらに災害ボランティアも関わって支援を行うことになるのが実態である。災害時も福祉業務を途絶えさせないためには、早急に災害救助法を改正して福祉業務を災害救助活動の業務としてきちんと位置づけ、災害時の支援員や活動資金の確保など総合的な活動体制を整備することが急務でないかと考える。

 

 

 今年も既に梅雨時期を挟み各地で水害が発生している。7月には東北地方を中心に3日間の降水量が400ミリを超えるなど記録的な大雨となり、山形県など広範囲に洪水被害が発生した。地球温暖化の影響もあり、近年は毎年のようにこうした記録的な集中豪雨が発生し、既存の河川堤防を越流したり破堤したりして大きな水害が発生するようになった。本稿を起草している最中にも、本州を縦断中の大型台風10号がもたらす記録的な豪雨が続いていて、大きな被害にならないことを祈るばかりである。

 

 地震や水害、火山など自然災害の脅威は常に私たちの身近に存在する。これまでも様々な知見をもとに防災対策が講じられてきた。その一方で高齢化や人口減少など社会構造そのものが今までになく急速に変化している。さらに迎え入れる災害外力も過酷になってきた。こうした社会構造や災害外力の変化に併せて、これまでに様々取り組んできた防災対策や諸制度は常に時点修正しながらブラッシュアップしていく必要がある。そのためにも今起きている社会の変化が災害時にはどのように影響するのか想像力たくましく想定し、関係者も市民も互いに情報を共有して的確な対処方法を準備しておく必要がある。

 

注)本稿には静岡新聞の2022年3月2日朝刊、及び2024813日朝刊の「時評」欄で、筆者の投稿文の一部を引用したことを断っておく。

 

   静岡県立大学グローバル地域センター研究員リレーコラム

   https://www.global-center.jp/column/column1/20240910/index.html

 

2024年8月20日 (火)

災害時の福祉業務 救助法改正で位置付け明記を

                                                                                                                -2024/8/13 静岡新聞「時評」掲載-

 

 先日、裾野市で行われた富士山噴火を想定した災害図上演習に参加する機会があった。登山規制や高齢者などの避難準備に始まり、噴火が始まると溶岩流が市街地に近づくという切迫した状況も示された。多くの住民の広域避難をどう行うかなど、住民グループと市のやりとりも緊迫したものであった。その過程で、高齢者施設では100人規模の入所者の避難が迫られ、搬送手段や市外も含めた避難先の調整を誰が行うのかなど、さまざまな課題が浮き彫りになった。

 

 近年の災害では、高齢者や障がい者など要支援者の避難が間に合わず犠牲となる事態がしばしば起きる。20187月の西日本豪雨では岡山県倉敷市真備町で洪水による犠牲者51人のうち42人が要支援者であった。また、避難生活の困難さから犠牲になるケースも目立ち、2016年の熊本地震では直接の犠牲者50人に対し災害後に亡くなる災害関連死は220人以上に及んだ。今年の元日に発生した能登半島地震でも災害関連死が既に110人を超えている。多くは高齢者など要支援者で、避難生活中に持病の悪化などから犠牲になったとみられている。

 

 意外に思われるかもしれないが、災害時に自治体が救出や救助活動、避難生活支援などを行う法的根拠となる災害救助法には、具体的な活動の種類として避難所や応急仮設住宅の供与、炊き出し、医療や助産、被災者の救出、住宅の応急修理などはあるものの、福祉の項目が欠如している。災害救助法が制定された77年前(1947年)とは異なり高齢化がかなり進んだ現在は、障がい者だけでなく高齢者への介護などさまざまな福祉業務が普段の社会保障制度として整備されている。しかしながら災害救助法には福祉業務がいまだに位置付けられていない。

 

 現に災害が発生すると、普段から福祉業務で要支援者をサポートしている社会福祉協議会や地域の包括支援センターが協力し、個別の支援調整を行うケアマネジャーや民生・児童委員、保健師・看護師、さらに災害ボランティアも関わって支援を行うことになるのが実態である。災害時も福祉業務を途絶えさせないためには、国としても早急に災害救助法を改正して福祉業務を災害救助活動の重要な役割として位置付け、災害時の支援員や活動資金の確保など総合的な活動体制を整備することが急務である。

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