「時評」

静岡新聞に時々掲載されている私の「時評」です。

2024年2月21日 (水)

能登半島地震 自分事に 防災対策 実効性担保を

                                                                                                              -2024/2/20 静岡新聞「時評」掲載-

 

 まさに災害は時を選ばず起きる。元日に発生した能登半島地震では多くの建物が倒壊し、斜面崩落、直後に襲来した津波、延焼火災などで多くの犠牲者を出した。寒さ厳しい中、地域を結ぶ道路網、電気、水道、通信など生活を支えるライフラインも各所で途絶え、情報や交通が遮断された孤立集落が多数発生し、救助活動も困難を極めた。とりわけ高齢化と人口減少が進む地域を襲ったため、その後の避難生活も大変な苦労を伴っていることが日々の報道から伝わってくる。

 

 今回の震災を契機に自治体など多くの機関で防災体制の再チェックの動きがある。その時、ぜひ取り組んでいただきたい重要な要素が二つある。

 

 一つは「性能の表示」である。構造物などハード面の対策、応急活動や備蓄などソフト面の対策について、個々の能力と限界を確認して誰もが分かるよう示すことである。能力と限界が共有できれば対策の具体化につながっていく。洪水や土砂災害、津波のハザードマップはある意味で、その土地の性能を示すものの一つである。同様に、多くの人が利用する公共施設や旅館・ホテル、商業施設なども、耐震性能や防火能力、非常電源や備蓄などそれぞれが保有する性能を示し、利用者に理解を促すことも必要である。地域の災害対応力も、防災倉庫に何が備わりどう活用できるのか、いざという時に頼れる人材は誰かなど、準備してきたさまざまな対策を個々の性能として示しておくことである。

 

 性能を理解した上で、二つ目として、さまざまな対応計画をBCP(事業継続計画)、BCM(計画実行のマネジメント)の視点でチェックし、実行性を担保することである。計画を具体的に実施する人材や活用できる資源、それを動かす仕組みを確認し、災害で施設被害や職員の被災、交通・通信などの障害が発生する中、計画を実行するためのネックはどこにあり、不足する資源や代替手段は何かを確認しておく。日ごろの点検や訓練を通じて問題点をあぶり出し、実行可能な対応計画へと常に見直しておく。こうした日常のマネジメントがなければ計画は陳腐化し、いざという時に役立たないことが往々にしてある。

 

 今回の能登半島の震災を自らのことして、関係機関にはいま一度、防災対策の再構築を図られることを期待する。

2024年1月30日 (火)

災害時事務分掌の重要性

                                     -研究レターHem21 Opinion,Vol.81,2024.1月号に掲載-

 

 毎年1月になると、阪神・淡路大震災の発生当時の課題が様々よみがえる。印象に残る一つが大災害に遭遇した自治体の行政事務の混乱である。震災当時、静岡県職員であった筆者は、地震後から応援調整のため兵庫県庁に入り、被害の激甚さや行政内部の大混乱に直面した。当時の兵庫県副知事であった芦尾長司氏がぽつりと漏らした言葉が印象的であった。氏の手元には静岡県地域防災計画 東海地震対策編、19801月策定の初版が置かれていた。発災直後の早朝、災害対策本部の会議を開こうにも幹部職員がほとんど集まってこない。そんな大混乱の中で、これから何が起きどう対処しなければならないのかを考えるため、静岡県の地域防災計画を改めて読み直していた、とのことであった。

 

 当時の兵庫県の地域防災計画には震度7を想定するような大規模地震災害を想定した災害応急活動の視点が欠けていた。実は、芦尾氏は東海地震対策を始動させた1979年頃の静岡県知事公室長として筆者の直属の上司であり、地域防災計画に東海地震対策の対処計画を位置付けるため、大規模地震で想定される様々な事態に遭遇した際の応急対策を毎夜遅くまで議論した一人でもあった。計画策定の最大の懸案は、起きる事態への対処を「だれ」が責任者として対応するのかを具体的に規定することであり、行政機関内部においても議論の多くはそこに費やされた。大規模災害へ対処する法的な枠組みが災害対策基本法をはじめ、まだ十分整っていなかった時代のことである。

 

 一般的な行政事務では、災害時によく言われる臨機な対応は基本的に苦手である。それは、平時の行政事務は基本的に各法に基づく自治事務や法定受託事務が主であり、各部局の事務の所掌範囲は行政組織規則などで細かく規定されている。そうはいっても、目的を達成するための若干の裁量権は事務遂行上でも認められてはいるが、なかなか普段の行政事務の中では基準のない執行行為を担当者の裁量では行わないのが一般的である。そういう平常時の視点で物事を考えると、災害、それも普段はあまり意識していないとてつもなく大きな混乱が生じる激甚災害に遭遇すると、裁量権の行使まで思考が及ばなくなってしまう可能性がある。こうした事態を回避するためにも、平時から災害時に起き得るあらゆる事態を想定し、その対処には行政事務のどのような制度を活用し、どこの組織がどの時点で対処するのかを定めた具体的な対処計画を策定しておくことで、初めてさらに枠を超えた対処にまで対応が動き出せる。

 

 静岡県が東海地震対策を推進する初期の段階で、予め事態を想定し対応主体を決めていく作業はとても重要であった。さらに、兵庫県を始め、阪神・淡路大震災の被災自治体に多くの職員が応援に入り、その経験から静岡県で早速取り組んだのが19957月に策定した300日アクションプログラムである。あらゆる災害応急対応業務を大きく30項目に整理し、300日で総点検し、個々の災害応急業務を極力マニュアル化する作業であった。例えば応急仮設住宅の建設戸数確保や早期建設の為、民有地も含めた建設可能予定地を可能な限りリストアップし、建設可能戸数だけでなく可能なものは配置レイアウトまで準備してデータベース化した。その後、こうした点検結果をもとに災害応急事務の業務分析を行い、約2年をかけて全庁的に所属毎の災害時の事務分掌を事細かく定めて地域防災計画に規定していった。こうした作業を通じ、普段は必ずしも防災や危機管理を意識してない部局であっても、災害時に自ら対処すべき業務が見える化された。

 

 災害時に発生する様々な業務を予め分析し、実施主体を明確にしたうえで対処計画にまとめておくことができれば、事前の準備も可能になる。さらに、災害時に思いもよらない新たな事態が発生しても、そこに対応できる組織の余力が生まれる。何もない平時こそ、こうした議論を積み重ね準備しておくことが重要である。近年は、企業や行政機関においても災害時の事業継続計画(BCP)の策定が検討されるようになった。こうした検討に併せて災害時の業務分析を全組織で行い、災害時の事務分掌として規定しておくことを、企業や組織のトップはぜひ意識して進めておかれたい。

                 

                               阪神・淡路大震災記念 人と防災未来センター 上級研究員 岩田孝仁

2023年11月21日 (火)

災害時のリスク認知 行動ゆがめる偏見注意

                                                                                                            -2023/11/21 静岡新聞「時評」掲載-

 

「ものをこわがらな過ぎたり、こわがり過ぎたりするのはやさしいが、正当にこわがることはなかなかむつかしい」(原文ママ)

 

 これは明治から昭和にかけて活躍した物理学者、寺田寅彦が浅間山(群馬県、長野県)の小規模噴火に遭遇して残した言葉である。災害など、私たちの身の回りに起きるリスクに対して的確に行動するためには、そのリスクを正しく認識し、寺田が述べたように「正当にこわがる」ことが重要である。しかし、往々にして私たちは自分勝手にそのリスクを理解し、時には無視し、時には過大視して行動することがある。こうした傾向はリスク認知のバイアス(偏り)と呼ばれ、いわゆる先入観や偏見が邪魔をして行動がゆがめられてしまう。

 

 リスク認知のバイアスはさまざま報告されている。よく知られるのは「正常性バイアス」で、身の回りに危険が迫るなど異常な状況でも、何とか普通の状況であるように理解しようとする傾向である。災害時に避難の遅れにつながることからよく問題視される。身に迫るリスクを楽観的に解釈し、心理的ストレスを軽減しようとする「楽観主義バイアス」も同様の問題を抱える。

 

 一方で、過去に遭遇したリスクに対して成功したわずかな経験だけで判断し、新たなリスクに対する状況判断を誤らせてしまう「ベテランバイアス」も問題である。逆に、経験のないリスクに対して過大に、もしくは過小に評価し、正確なリスク認知が得られない「バージンバイアス」も問題になる。

 

 さらに、大勢の人がいると、自分本来の判断とは異なっていてもとりあえず周囲に合わせようとする心理が働くことがある。「同調性バイアス」と呼ばれ、雑踏などで集団が制御できなくなり、時々大きな事故につながることがある。

 

 危険が身に迫っているにもかかわらず、避難など本来の退避行動が取れずに犠牲にならないよう、リスク認知のバイアスを少しでも正していく必要がある。しかし、リスクを正しく認識し、それを的確に判断して回避することは大変難しい。今月から来月にかけて、県内各地域ではさまざまな研修会や防災訓練が行われる。ぜひこうした機会に身の回りの災害リスクをしっかり確認し、災害時の行動を再点検して、リスク認知のバイアスからの解放を目指していただきたい。

2023年9月27日 (水)

2014年御嶽山噴火の教訓 火山活動「見える化」を

                                                                                                                -2023/9/26 静岡新聞「時評」掲載-

 

 岐阜・長野県境の御嶽山(3067㍍)が噴火して、あす27日でちょうど9年になる。火山活動としては小規模な水蒸気噴火であったが、紅葉真っ盛りの昼時(午前1152分発生)で山頂付近に多くの登山者が居合わせ、噴煙や噴石に巻き込まれて63人の死者・行方不明者を出す大惨事となった。

 

 噴火17日前の910日には火山性地震が52回、11日には85回観測され、その後の地震活動は小康状態とはいえ継続していた。本来であれば、当時既に導入されていた噴火警戒レベルを「2」に引き上げ、火口周辺への立ち入り禁止、登山者への注意喚起を行ってもよい状況であった。

 

 この噴火を受けて2015年、活火山法(活動火山対策特別措置法)が改正され、全国の主要な50の活火山のうち防災上重要な49火山で観測機器の設置など常時監視を行うこととなった。さらに、都道府県や市町村、関係機関などで構成する火山防災協議会が設置され、火山ハザードマップの整備や噴火警戒レベルの導入とともに、住民や登山者の警戒避難体制が強化されてきた。今年6月の法改正では、政府に新たに火山調査研究推進本部を設置し、火山の観測や調査研究、広報の強化が行われる。

 

 こうした体制強化の中でぜひ期待したいのが火山活動状況の「見える化」である。141029日の本欄においても観測データの公開を呼びかけたが、なかなか進んではいない。

 

 各火山には地震計や傾斜計をはじめ、さまざまな観測機器が設置されている。地震観測データなどを研究者など専門家に提供する仕組みはできたが、あくまでも観測した生のデータで、一定の解析を行わないと震源の位置などは分からない。気象分野では、衛星画像が公開され雲の動きは誰でも見ることができ、雨雲の動きや雨の降り方も気象庁の降水ナウキャストを見ると一目で分かるようになった。

 

 火山活動は台風や集中豪雨などと違ってまれにしか活発化しない。このため普段の状態はほとんど注目されないことが多い。地下で起きている火山性地震やマグマの動き、地殻のひずみ、火口周辺の噴気の状況など、小さな変化であっても火山の日常の状況を見える化し、誰もが理解できるようしておくことが重要だ。こうした積み重ねにより、いざ警戒が必要な時に的確な行動を促すことができる。

2023年9月13日 (水)

静岡県立大学グローバル地域センター リレーコラム 「大東京復興双六」100年前、子供たちの震災復興に込めた思い

 私の手元に、大正時代に出版されていた小学生向け月刊誌「良友」(コドモ社)の大正1411日発行の新年号付録の「すごろく」(複製)がある。100年前の関東大震災の発生からわずか14か月後、東京の下町にはまだ震災の惨禍が残る年の正月に出版されたもので、「大東京復興双六」と記されたタイトルが目を引く。作画は童画家の河目悌二氏である。「フリダシ」では、関東大震災で壊滅的な被害を受けた墨田川沿いの地図を背景に女子2人が何か相談事をしている。以下順に各マス目の記載を追ってみると、震災からの復興を願い、子供たちから届けられたアイデアがふんだんに盛り込まれていて、今にも通じる斬新な発想に驚かされる。

 

フリダシ (墨田川沿いの地図を背景に何か相談事をする2人の女の子)

1.地下鉄道 エレベーターで地下鉄道へ(大深度空間を走行する地下鉄道)

2.高架電車 (ビルの上方に掛かるつり橋状の高架橋を電車が走る)

3.空中散水機 (大きな水槽を内蔵した飛行機が上空から空中消火を)

4.大道路 (街路樹で囲まれた広幅員の道路が広がる街)

5.屋上プール (ビルの屋上プールで楽しそうに遊んでいる大人や子供たち)

6.水の公園 (満々と水をたたえた湖に船が浮かび、水中には遊覧の潜水艇が運行)

7.廻転橋 大きな汽船が通る時クルリと橋が廻ります(隅田川に掛かる橋をイメージしているのか、人が歩行するタワーブリッジと大型船が通る時に回転する車用の橋桁)

8.ラジオで音楽 どこでも聞かれる便利なラジオ

9.月世界行き 新発明の単軌飛行車(ワイヤーを伝って月と行き来する乗り物)

10.大グラウンド (近代都市の中に造られた広大な競技場 いざという時の避難広場)

11.白昼活動写真 雲に写った活動写真(上空の雲をスクリーンに映画鑑賞)

12.屋上発着場 (ビルの屋上に離発着する飛行機)

13.懐中電話 歩きながらお母さんとお話し(ショルダー型の電話機で散歩しながらおしゃべりする子供)

14.大マーケット 汽車や汽船やお家まで(汽車や汽船、家まで販売する巨大ショッピングセンター)

15.乗合飛行船 ロンドン行き乗り場(ロンドン行きの飛行船乗り場)

上り (広々とした道路に面してゆったり立ち並ぶモダンなビル群、復興した街並みが描かれている)

                                        ( )内は筆者が解説として付記

 

 ここに描かれている復興の姿には、関東大震災で市街地が広域に焼失し多くの犠牲者を出した震災被害をどうしたら回避できるのか、その教訓がうまく表現されている。3マスの航空機による空中消火、56マスの水源となるプールや湖は消火体制の確保の願いが込められている。4マスの大道路は延焼遮断帯や避難路の機能が盛り込まれ、1マスの地下空間や6マスの水の公園、10マスの大グラウンドは広域避難スペースがイメージされる。8マスの携帯ラジオや13マスの懐中電話は災害時に正しい情報の収集や家族との連絡手段の確保の重要性を意識したものであろう。 

 

 自由主義的な風潮が華やかな大正デモクラシーの時代背景が垣間見え、子供達が思い描く大震災からの復興への期待や希望がうまく表現されている。延焼遮断帯や空中消火、携帯電話や月面旅行など、今に通じる斬新なアイデアに感心させられる。

 

 地震国と云われる日本でも「大震災」と名が付くのは、1923年(大正12年)の関東大震災、大都市神戸などが震度7の激震に見舞われた1995年の阪神・淡路大震災、そして大津波で多くの犠牲を出した2011年の東日本大震災の3事例しかない。こうした中、近い将来、発生が危惧されている南海トラフの巨大地震は、想定されている災害規模のまま今起きてしまうと、確実に「大震災」と呼ぶことになってしまう。

 

 最近では災害の被害軽減のためには、予め復興の姿を描き、対応できることは事前に対策を実行しておく、いわゆる「事前復興」の考えを防災対策に取り入れることが求められつつある。ここに紹介した復興双六は、大都市の延焼火災の防止を強く意識した復興の姿をイメージしている。一方、南海トラフの巨大地震は市街地を襲う激しい地震動、さらに沿岸を襲う大津波と中山間地域の土砂災害である。犠牲者を減らし被害を軽減するためには、こうした災害であっても被害を受けにくい街をしっかりイメージし、その実現に向けて予め実行できることは確実に進めておくことにある。

                                                  (202391日 岩田孝仁)

                                  https://www.global-center.jp/column/column1/20230901/

2023年8月 2日 (水)

熱中症特別警戒情報 高温 災害並み対応必要

                                                                                                                 -2023/8/1 静岡新聞「時評」掲載-

 

  今年の夏も欧州などの地中海沿岸では熱波が襲い、気温40度を超えて犠牲者を出している。米国中部や中国内陸部でも同様に異常な高温が続いている。日本も7月の梅雨末期からかなりの高温が続き、熱波の襲来は決してひとごとではない。

 

 国内では高温による熱中症の死者は近年増加し、2010年は過去最多の1745人だった。1318192022年はいずれも年間1000人を超えている(厚生労働省の人口動態統計)。自然災害による死者は、阪神・淡路大震災が起きた1995年と東日本大震災が起きた2011年を除くと年間1000人を下回り、1222年の11年間における平均は186人。おおむね100200人台で、最大でも18年の452人である(23年版防災白書)。単純比較はできないが、熱中症による死者は自然災害の犠牲者を有意に超えている。

 

 地球温暖化に伴うこうした危機感からか、政府は4月に気候変動適応法を改正し、極端な高温状態が予想される場合には現在の熱中症警戒アラートから1段上の熱中症特別警戒情報を発し、住民が一時的に退避できる冷房の効いた「クーリングシェルター」の設置を市町村に呼びかけるとのことである。既に、東京都内の各区や埼玉県熊谷市、神奈川県秦野市など全国いくつかの自治体では、図書館や公民館などの公共施設だけでなく、ショッピングセンター、コンビニ、薬局など民間施設の協力を得た体制整備が始まっている。

 

 災害対策基本法は、豪雨、地震、津波、噴火などとともにその他の異常な自然現象による被害を災害としているが、高温という異常な気象現象は犠牲者の多さから見ても大規模災害に匹敵する対応が必要である。特に、昨年の東京や大阪の実態を見ると犠牲者の8割以上が高齢者だ。災害時の要支援者に対する地域での声掛けや避難支援など、以前から培ってきた災害対応の仕組みを活用し、冷房設備の使用などの呼びかけが望まれる。災害時の避難所となる学校の教室や体育館も冷房設備が整えば(文部科学省によると冷房設置率は全国平均65%、静岡県内49%)、避難所の環境改善だけでなくクーリングシェルターとしても期待できる。

 

 まずは官民が協力して、大規模災害に匹敵する熱波という新たな事態に向き合っていく必要がある。

2023年6月 7日 (水)

非常口確保の大切さ 日常文化として徹底を

                                               -2023/6/6 静岡新聞「時評」掲載-

 

 100年前に起きた関東大震災の最大の教訓は都市防火と避難である。当時に比べ建物の防火対策は格段に進歩した。その傍らで、いくら口を酸っぱくして消防が指導しても、非常口の裏に物が積み上げられている光景を目にする。いざ火災発生という時に大きな障害になることは目に見えている。

 

 先日、ロンドンの大英博物館を見学する機会があった。展示面積57000平方メートル。世界中からの収蔵品が所狭しと並べられ、多くの見学者でごった返していた。館内のレストランで休憩していた時、火災警報器の耳障りなサイレン音とともに「避難するように」との館内放送が流れてきた。さて、どうするのか。廊下の角ごとに黄色のベスト姿の職員が立ち、落ち着いた声で誘導し、子どもを含む多くの来館者が慌てることなく館外に移動を始めた。

 

 感心したのは、要所要所に「火災の非常口」の誘導マークが大きく表示され、非常用のドアや通路には「KEEP CLEAR(キープ・クリアー)」の表示があり、障害物は何も置かれていない。避難した広場を見回しただけでも1000人を超える来館者が、数分で見事に避難したことは新鮮な驚きであった。結果的には警報機の誤作動であったが。

 

 街中を歩くと、ホテルやレストラン、商店など公共空間には、普段の出入り口とは別に非常口が複数設けられ、通路に物一つ置かれていない。さらに、こうした公共施設では毎月定期的に訓練や避難ルートの確認が行われているとのこと。消火器や消火栓は通路の目立つ所に堂々と設置され、非常口の表示は誰の目にも付くよう大きい。これほど徹底した街を私はこれまでに経験したことがない。

 

 その背景には、357年前、1666年のロンドン大火の教訓が今でも強く影響していると聞いた。当時の家屋はほとんどが木造で街路も狭く、家屋の85%が焼失した。これをきっかけに木造建築の禁止など建築規制が行われ、併せて防火対策が今でも強く意識されている。2017年にロンドン市内で起きた高層住宅火災も、直近の教訓として影響しているかもしれない。

日本もロンドン同様にさまざまな防火対策が進められている。中でも、緊急時の非常口の安全確保は防火管理者だけでなく、その建物を利用する全員の責務でもある。こうした安全対策を何げない日常として徹底できる文化が必要だと強く考えさせられた。

2023年4月12日 (水)

災害時の在宅要介護者支援 活動の『障壁』見直しを

                                                                                                             -2023/4/11 静岡新聞「時評」掲載-

 

 東日本大震災の被災自治体に何度か支援に入る中、発災から4カ月過ぎた頃、福祉関係の職員から「直接被災していない地区の福祉サービスが途絶え、在宅の要介護者が亡くなるケースが増えている」との報告を受けた。当時、デイサービスや給食・入浴支援など在宅福祉が普及し始めていたが、災害で要介護者への支援を避難所などに集中させ、他地区への支援が滞ったことも要因とみられた。

 

 2022年の日本の高齢者人口は3627万人で、高齢化率は29%と世界一である。さらに、22年版高齢者白書によると、25年の認知症患者は700万人を超えて高齢者5人に1人、40年には4人に1人に上ると予想されている。こうした時代に対応し、認知機能の軽度の衰えがみられる高齢者に対しては、在宅福祉サービスを充実させ、何とか自宅での生活維持を目指してきた。しかし、災害で生活環境が激変すると、普段の体制では全く対応できなくなる。

 

 昨年、県内を襲った台風15号の被災地で、普段は福祉サービスを受け自宅で生活できていた軽度の認知症の方が浸水被害に遭遇し、どう対応してよいか分からず困惑する事態も起きた。自治体からの支援が届かない中、日頃の福祉サービスを調整していたケアマネージャーがこうした事態を知り、災害ボランティアなど外部の支援を求めたくても、原則として利用者の個人情報を他者に伝えることができないとの制約から、自ら奮闘して生活維持や自宅の復旧作業の調整にあたったというケースをいくつか伺った。

 

 災害など緊急時には、利用者の個人情報であっても支援に必要な情報は、自治体や地域包括支援センターなど公的組織を通じて、災害ボランティアなどの支援活動に直接つなげる方策をあらかじめルール化しておくべきと強く感じた。

 

 「災害時に誰一人取り残さない」との大目標を掲げ、各自治体では個別避難計画の作成に取り組んでいる。これをさらに拡充し「災害時個別支援プラン」に発展させる動きが全国に広がっている。具体化するためには、要介護者が災害時のさまざまな緊急支援活動を迅速に受けられるよう、普段から一人一人に寄り添っているケアマネージャーが、災害など緊急時には障壁なく支援者に要請できる制度と体制整備が求められる。

2023年2月16日 (木)

2022年の台風第15号が残した課題“県と市町村の連携”

                                   2023.1月 日本災害情報学会News Letter No.92 p.2に掲載-

 

 昨年、静岡県内を襲った台風第15号の対応をめぐり、自衛隊災害派遣要請の遅れを問われた静岡県知事は、「市町から(要請が)あがってこなかった。じりじり待っていたので今日(2日後)になった」、一方の静岡市長は、知事と相談するにも「携帯番号を教えてもらっていない」、対して知事は「番号を教え合う文化は私にはない」と答えるなど、自治体トップ双方の意思疎通のなさを象徴するやり取りが全国に報道され、あきれるばかりであった。

 

 9月23日の夕刻から24日明け方にかけて、台風第15号の影響により静岡県内では猛烈な雨が降り、記録的短時間大雨情報が16回発表された。当初は、静岡市内の広域停電や浸水、断水に目が向き、中山間地域で起きていた家屋への土石流入や河川閉塞などの状況把握が遅れた。翌朝は台風一過の晴天で、本来であれば航空偵察で状況把握も行えた。残念ながら、台風の勢力はあまり発達しないとの前日の予報もあり、十分な準備がなく、周辺一帯が浸水したヘリコプター基地に要員がすぐに参集できなかったことも問題になった。

 

 災害時こそ、都道府県と市町村の緊密な連携は不可欠である。例えば、被害が予見されれば、初動段階で都道府県からリエゾンを市町村に派遣しプッシュ型の支援を行う。自衛隊の支援を受けてでもヘリで航空偵察を行い、被害全容の把握や孤立地域への救援も可能である。

 

 東海地震など大規模災害に備え、様々準備していた静岡県であったが、今回その運用に至らなかった事がいくつかある。例えば、県内の370余の孤立予想集落には、防災無線や衛星携帯電話を配備し、陸路途絶に備えヘリの離着陸又はホイスト・スペースが確保されていた。にも拘わらず、孤立地域の状況把握に23日を要している。何が不足情報なのか、自ら発信しないと情報は集まらない。県から市町村本部にリエゾン派遣の体制もあったが、被害を甘く見たのか直後には実施されなかった。いずれも、準備してきたはずであるが、実態に合わせ常日頃からメンテナンスされていなかったことも一因である。

 

 災害対応に完全はないことを肝に銘じ、災害時には何事にも積極的に前のめりに対応を進めることが鉄則であることを改めて感じさせられた。

自治体、企業の事業継続計画 平時こそ見直しの好機

                                                                                                          -2023/2/15 静岡新聞「時評」掲載-

 

 災害などの緊急事態が発生した時に、被害を最小限に抑え、早期復旧や事業継続を図る計画を事業継続計画(BCP)と呼んでいる。2007年の新潟県中越沖地震で、自動車の重要部品の国内シェア50%を占めるメーカーが被災し、国内の自動車生産は一時全面中止した。その教訓から、企業のBCP作成が本格的に始まった。

 

 政府も首都直下地震対策の一環として政府のBCPの作成を進め、自治体にも普及を図ってきた。22年版の防災白書によると、BCP作成率は都道府県100%、市町村97%、大企業では70.8%、中堅企業は40.2%と、十分ではないもののようやく進み始めた。

 

 富士山の火山ハザードマップ改定や近年多発する大規模水害を機に、BCP見直しの相談を時々受ける。対応の基本は同じであるが、備える装備やサプライチェーンが多層化すること、ハザード(危険)に応じ業務回復の目標を変えて見直すことが求められる。

 

 こうした中、自治体や企業の災害対応力について気に掛かる事がある。体制は「できていたはず」だとか、対応は「できるはず」であったが実際の災害場面で「機能しなかった」「忘れられていた」といった話を災害後の検証でよく聞く。なぜそうなるのか。

 

 計画を作って何年も放置したまま、いざ対応しようとしたら状況が変わっていた-というケースもあり得る。作成当時の担当者は関係者と調整し、細部まで目を配って計画を作り上げる。その時に災害が起きれば的確に対応できても、引き継ぎを繰り返すうちに計画していた対応場所や機能、担当者、連絡方法なども変わり、時を経て計画そのものが陳腐化することがある。

 

 BCPの作成率が上がってきた一方で、めったに運用されない計画にはこうした盲点が潜む。通り一遍の防災訓練で全て検証することは困難だ。むしろ商業施設や製造業などで定期的に行われる「棚卸し」のように、計画をいったん白紙に戻し、再構築するほうが早いこともある。これまでのノウハウを切り捨てるのではなく、蓄積したノウハウを活用することが重要である。

 

 日々の多忙な業務の中で、原点に振り返って組み立て直すことは勇気のいる作業である。しかし、大災害に遭遇して「あの時、見直しておけば良かった」と悔やむことがないよう、何事もない平時こそ体制を見直すチャンスである。

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