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2024年1月

2024年1月30日 (火)

災害時事務分掌の重要性

                                     -研究レターHem21 Opinion,Vol.81,2024.1月号に掲載-

 

 毎年1月になると、阪神・淡路大震災の発生当時の課題が様々よみがえる。印象に残る一つが大災害に遭遇した自治体の行政事務の混乱である。震災当時、静岡県職員であった筆者は、地震後から応援調整のため兵庫県庁に入り、被害の激甚さや行政内部の大混乱に直面した。当時の兵庫県副知事であった芦尾長司氏がぽつりと漏らした言葉が印象的であった。氏の手元には静岡県地域防災計画 東海地震対策編、19801月策定の初版が置かれていた。発災直後の早朝、災害対策本部の会議を開こうにも幹部職員がほとんど集まってこない。そんな大混乱の中で、これから何が起きどう対処しなければならないのかを考えるため、静岡県の地域防災計画を改めて読み直していた、とのことであった。

 

 当時の兵庫県の地域防災計画には震度7を想定するような大規模地震災害を想定した災害応急活動の視点が欠けていた。実は、芦尾氏は東海地震対策を始動させた1979年頃の静岡県知事公室長として筆者の直属の上司であり、地域防災計画に東海地震対策の対処計画を位置付けるため、大規模地震で想定される様々な事態に遭遇した際の応急対策を毎夜遅くまで議論した一人でもあった。計画策定の最大の懸案は、起きる事態への対処を「だれ」が責任者として対応するのかを具体的に規定することであり、行政機関内部においても議論の多くはそこに費やされた。大規模災害へ対処する法的な枠組みが災害対策基本法をはじめ、まだ十分整っていなかった時代のことである。

 

 一般的な行政事務では、災害時によく言われる臨機な対応は基本的に苦手である。それは、平時の行政事務は基本的に各法に基づく自治事務や法定受託事務が主であり、各部局の事務の所掌範囲は行政組織規則などで細かく規定されている。そうはいっても、目的を達成するための若干の裁量権は事務遂行上でも認められてはいるが、なかなか普段の行政事務の中では基準のない執行行為を担当者の裁量では行わないのが一般的である。そういう平常時の視点で物事を考えると、災害、それも普段はあまり意識していないとてつもなく大きな混乱が生じる激甚災害に遭遇すると、裁量権の行使まで思考が及ばなくなってしまう可能性がある。こうした事態を回避するためにも、平時から災害時に起き得るあらゆる事態を想定し、その対処には行政事務のどのような制度を活用し、どこの組織がどの時点で対処するのかを定めた具体的な対処計画を策定しておくことで、初めてさらに枠を超えた対処にまで対応が動き出せる。

 

 静岡県が東海地震対策を推進する初期の段階で、予め事態を想定し対応主体を決めていく作業はとても重要であった。さらに、兵庫県を始め、阪神・淡路大震災の被災自治体に多くの職員が応援に入り、その経験から静岡県で早速取り組んだのが19957月に策定した300日アクションプログラムである。あらゆる災害応急対応業務を大きく30項目に整理し、300日で総点検し、個々の災害応急業務を極力マニュアル化する作業であった。例えば応急仮設住宅の建設戸数確保や早期建設の為、民有地も含めた建設可能予定地を可能な限りリストアップし、建設可能戸数だけでなく可能なものは配置レイアウトまで準備してデータベース化した。その後、こうした点検結果をもとに災害応急事務の業務分析を行い、約2年をかけて全庁的に所属毎の災害時の事務分掌を事細かく定めて地域防災計画に規定していった。こうした作業を通じ、普段は必ずしも防災や危機管理を意識してない部局であっても、災害時に自ら対処すべき業務が見える化された。

 

 災害時に発生する様々な業務を予め分析し、実施主体を明確にしたうえで対処計画にまとめておくことができれば、事前の準備も可能になる。さらに、災害時に思いもよらない新たな事態が発生しても、そこに対応できる組織の余力が生まれる。何もない平時こそ、こうした議論を積み重ね準備しておくことが重要である。近年は、企業や行政機関においても災害時の事業継続計画(BCP)の策定が検討されるようになった。こうした検討に併せて災害時の業務分析を全組織で行い、災害時の事務分掌として規定しておくことを、企業や組織のトップはぜひ意識して進めておかれたい。

                 

                               阪神・淡路大震災記念 人と防災未来センター 上級研究員 岩田孝仁

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